森昌子の息子はバンド「ワンオク」のTaka。「まーちゃん」キャラ炸裂中!?

女性

以前、「ワンオク(ONE OK ROCK)のTaka」にことについていくつか記事を書きましたが、本日はそのTakaの母親である「森昌子(もりまさこ)」のことについてまとめたいと思います。母親としての森昌子という視点を持って書きたいと思います!


森昌子の息子はワンオク(ONE OK ROCK)のTaka

森昌子といえば、今の40歳代以上には演歌歌手として認知されていると思いますが、それより若い世代の人たちにとっては、「森昌子って誰?」という感じだと思いますので、彼女のことを知らない方たちのために、先に森昌子のことについて書きたいと思います。

 

森昌子は「せんせい」でデビュー

彼女がデビューしたのは昭和46年。

日本テレビの『スター誕生』の初代グランドチャンピオンに選ばれます。

その後彼女の父親の反対があたものの、翌年の昭和47年に彼女は『せんせい』という曲で14歳の時に歌手としてデビューをします。

デビュー当時のキャッチフレーズは『あなたのクラスメート』

今の「AKB48」の「会いに行けるアイドル」のような、遠い存在ではなく「身近な存在」のアイドルという売り出し方でした。

まだ中学生だった彼女は、当時、同じ中学生だった「山口百恵(やまぐちももえ)」「桜田淳子(さくらだじゅんこ)」と3人で「花の中3トリオ」と呼ばれました。


左から「山口百恵」、「森昌子」、「桜田淳子」

デビュー曲の「せんせい」を聞くと分かるのですが、彼女の曲はデビューから数年の間は演歌ではなく、普通のアイドルが歌う曲を歌っていました。

ところで余談ですが、当時山口百恵と桜田淳子がベレー帽をかぶっていたのに対して、森昌子のヘアスタイルがとてもユニークで、「タワシ頭」のようだと言われていたことがありました(笑)。

 

森昌子の演歌歌手としてのスタート

アイドルとしてデビューした森昌子でしたが、昭和52年の「なみだの棧橋」から彼女は演歌歌手としてスタートを切ります。

昭和58年には『越冬つばめ』第25回日本レコード大賞最優秀歌唱賞を受賞 し、嬉し泣きしながら歌い、その後のNHK紅白歌合戦でも泣きながら歌っていたのは、還暦を迎える世代の方なら、記憶にあるのではないでしょうか。

 

森昌子は森進一と結婚し、芸能界を引退

しかし、彼女はそれから2年後の昭和61年に、同じ歌謡界のベテランだった歌手の「森進一(もりしんいち)」と結婚し芸能界を引退します。もうすぐで28歳を迎える時でした。

キャリアを捨てて結婚のために芸能界を引退してしまう彼女を、事務所は反対しました。またファンや世間の人たちも、彼女の芸能界引退を非常に惜しみました。

そして昭和63年(1987年)の7月に長男が生まれます。

これが現在のワンク(ONE OK ROCK)のTAKA(タカ)です。

(ところで、これ以降は「昭和(しょうわ)」表記ではなく西暦で時系列を書きたいと思います。)

しかし残念ながら、森昌子は森進一と2005年に離婚してしまいます。

離婚の原因については当時色々取り沙汰されました(筆者もこの「離婚原因」につい別の機会に調べてまとめたいと思います。)。

 

森昌子の息子のワンオクTakaへの教育方針

おだやかそうな顔立ちの森昌子ですが、子供への教育方針はとてもスパルタだったようです。

「あんたは鬼のような母親だ」
自分の母親にそう言われたことがあるという、歌手の森昌子さん。
彼女自身も、執筆した「母親力」という本の中で自分がとても厳しい母親であったことを明かしています。
物心がつく3歳までは、長男を「1番」、次男を「2番」、三男を「3番」と番号で呼び、兄弟同士でも年上の兄には敬語を使わせます。 大きくなってからは門限を設け、それを破ったら絶対に家の中には入れません。
1歳を過ぎたばかりの息子を正座させてコンコンとお説教をしたり、右手に輪ゴムをはめてはしの持ち方を矯正したり、さらには左利きになりそうだと気づくと、ひもで左腕をいすに縛りつけて右利きに矯正したり。
とても厳しいしつけを子供達にしていたことがうかがい知れますね。どうしてこのように厳しくしつけていたかというと、

 

母親に依存せず、年上を敬い、自分のことは自分でするなど、息子を「メシが食える男」にしたい。
それに必要になる力を幼いうちから身に付けさせ、18歳になったら強制的に家を出して自立するよう育ててきたのです。
マザコンで自立できない男性もいるなか、森昌子の教育方針は「子供達を独り立ちさせる」という思いであふれていたようです。

 

このような母親に育てられた男性は女性からすると、「理想的」で「結婚したい男性」。

 

Takaがモテるのはルックスだけではなく、森昌子のしつけによって「独立した」一人の人間であるからでしょう。

 

森昌子は息子のワンオクTakaの親権を離婚後持った

2005年に離婚した森昌子ですが、離婚の結果、長男であるTakaの「親権」を森昌子が持ち、次男と三男の親権を父親の森進一が持つことになりました。そして「養育権」については彼女が3人の子供全員を持ち、森進一が養育費として毎月一人あたり13万円を負担することになりました。

2005年といえば、Takaがまだ17歳の頃。まだまだ多感な年頃。彼が両親の離婚をどう思っていたのでしょう。

話は前後しますが、二人が離婚する前の2001年、Takaは13歳の時に「ジャニーズ」に入ります。

そして2年後の2003年、15歳の時に「NEWS」のメンバーに抜擢されます。


右側がTAKA

しかしこれが、「親(森進一、森昌子)の七光」だと批判されることもありました。けれどもTakaの歌唱力は当時から抜群であり、ソロで歌う機会もありました。さすが両親の遺伝子を引き継いでいます。

とこがNEWS結成後3ヶ月で彼は脱退してしまい、ジャニーズ事務所もやめてしまいました。

理由は当時出た週刊誌に書かれたスキャンダルで、「喫煙」と「女性問題」でした。

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しかし表向きは「学業専念」という理由でジャニーズを退所。

「森さんの家はあくまで学業優先。ジャニーズは課外活動の一環という位置づけだった」(前出・芸能関係者)

しかし、生来のリズム感の良さを買われ、活動は本格化。中3で『NEWS』のメンバーとしてデビューすることになる。

「この時も、“学校の成績を下げないこと”を条件に森さんは活動を認めました。でも、華やかな世界ですから。Takaの生活も変わっちゃって」(前出・芸能関係者)

父の森進一は苦労人で、実弟が日大の医学部を卒業していますが、この弟の学費を全て立て替えています。この実弟の親のような存在だったようです。

おそらくTakaのこの一件で、父親の森進一はきつく叱ったのではなかろうかと思います。

その時に母親である森昌子はどうしたのかというのは女性である筆者としてはとても興味があるところです。

亭主関白体質だった森進一の言うことだからということだけではなく、前述したように厳しい教育方針を持っていた彼女は、まだ高校生だったTakaの喫煙と女性問題について、父親同様厳しく注意をしたであろうと思われます。

ところでTakaは慶應義塾幼稚舎からエスカレーター式に進級、進学し、慶應義塾湘南藤沢中等部(SFC中等部)を経てその後、慶應義塾湘南藤沢高等学部に入学します。

前出の「NEWS」で活躍していた時はちょうど中等部に進学した頃でした。しかしその後、

 

付属高校に進学した当時、Takaの素行の悪さは校内に轟いていた。

「髪は茶髪。喫煙、飲酒に加え、奔放な異性関係も有名だった」(クラスメイト)

だったようです。

そして高校一年だった2005年の3月には慶應義塾高校を退学してしまいます。

ちょうどこの2005年の4月に二人の両親である森進一と森昌子は離婚をしています。

恐らくこの頃には森家の家庭は荒れていのだろうと思います。

最後は愛憎劇を残しての離婚(このあたりのことについても、筆者は記憶があるので別の機会に書きたいと思います。)。

二人共お互い精神的な余裕がなかったことでしょう。そして子供のことを考える時間に手が回らなかったのではないでしょうか。

夫婦仲が険悪な中で、子供であるTakaが高校をやめると言った時、親として森昌子はどう思ったのでしょうか。

やめることを思いとどまるように説得したことでしょう。

しかし結局Takaは高校をやめてしまったので、最終的には「子供の自主性」にまかせたということでしょう。

(しかしその後、Takaは「堀越高校」に転校しています。)

 

ワンオクのTakaは母森昌子に「必ず僕が支えるから」と言っていた。

残念ながら森進一と離婚してしまった森昌子ですが、彼女の心の支えとなったのは3人の子供達でした。

森が離婚したとき、長男は高校生。事情を説明すると、思いがけない言葉が返ってきた。

「今までに見たこともないような真面目な顔をして、『母さんが好きなように生きたらいいよ。もうちょっと大きくなったら、必ずぼくが支えるから』と長男は言いました。泣かせますよね、生意気なこと言って」

Takaの母親思いの子供であることのエピソードですね。

森昌子は離婚後の2006年に芸能界に再び復帰しますが、彼女が復帰を迷っていた時に背中を押してくれたのも、Takaや3人の息子達だったそうです。


Taka(左奥)と森昌子の息子たち

夫婦が離婚しても母親思いの息子たち。

高校を退学したというと、世間は冷たい目で見ることが多いですが、彼女の教育は間違っていなかったと言えそうです。

なおTakaは母親である森昌子とだけではなく、父親の森進一とも仲良くしています。

ONE OK ROCKの台湾でのコンサートには森進一もかけつけています。

母も父も離婚してしまったけれど、どちらも彼の大事な親であり、二人共リスペクトをしているということのあらわれですね。

 

森昌子は「まーちゃん」というキャラクターで活躍

芸能界復帰も果たし、また3人の子供の子育ても終わった森昌子。

そしてまだ60歳前の彼女(ところでもうすぐ彼女の誕生日ですね!)にとって、人生はまだまだこれから。

ということで、彼女は最近になって「森昌子の姪っ子」とで「8歳のまーちゃん」というキャラクター設定を時折しており、

このようにテレビのバラエティ番組で、ものまねをしたり、ツッコミの激しいギャグを飛ばしたり、冗談を言いたい放題という一面を見せています。

先日出演した「有吉反省会」では、あまりに言いたい放題だった森昌子が、有吉から「もう帰ってくれ」と言われる始末。

ツイッターではこの「まーちゃん」を見て「森昌子が嫌いになった」という人もいました。

演歌歌手として長く君臨し、また厳格なイメージを持つ彼女が、あんなはっちゃけてしまう姿に幻滅を感じた人も多くいたようです。

しかしこれは彼女が敢えて「森昌子をおもしろくしたい」という思いでやっているもの。

今、コンサートの一部でコントをやってるんです。小学生の役で、ランドセルを背負って黄色い帽子かぶって「父ちゃん、ただいまー!」ってやるんです。それだけで会場がドッカーンってウケる。おなかを抱えて笑ってくださる光景を見るだけで、凄く幸せ。

つまりファンに「笑って欲しい」と思っているということ。

「優等生イメージ」を払しょくしたい。これまで「歌がうまい」と言われることはあったとしても「面白い」というイメージなんてなかったと思うんです。

47歳で再デビューしましたが、子宮頸(けい)がんなど病気との闘いとか暗い部分もありましたから。それを払しょくしたい気持ちは強かった。それには自然体でいるのが一番。やりたいことをやって生きていかないと。人生一度きりですから。

一部にはウケの悪いこの「まーちゃん」キャラですが、これは彼女が今までのイメージから脱皮して新しい何かをつかみたいということのあらわれ。

子育ても終わり息子たちは、彼女の理想どおり、それぞれ独立。

もはや何かに縛られる必要もないわけですし、自分ひとりでご飯を食べていくこともできるのですから、筆者は、彼女がやりたいようにやればいいと思います。、

なお、この「まーちゃんキャラ」は息子のTakaには内緒とのこと。

彼が「おかあさん、やめてくれよー」と言うのか、「おもしろいけど、もうちょっとここをこうしたほうがいいよ」と一緒にノッてアドバイスをするのか、どっちかな?と気になります。

 

↓ワンオク(ONE OK ROCK)のTakaについて書いた記事はこちらです!↓

森昌子の息子のTakaの身長はどれくらい?163センチ説あり?

takaの髪型まとめ!短髪(ショート)&パーマ、18祭や渚園(フェス)でのセット方法

 

 

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