Yahooニュースを見ていたら、俳優の吉田栄作(よしだえいさく)が大手芸能事務所のワタナベエンターテインメントを退社し、今後は個人事務所を設立して活動していくということを知りました。
吉田栄作といえば美魔女の奥様である平子理沙を筆者はまず思い出します。しかし既に二人は3年ほど前に離婚しています。実は筆者はこのことを知りませんでした。(汗)
二人が結婚した当初のことを筆者はよく覚えていますが、「ああ、やっぱり離婚したんだ。よくもったな〜。」というのが正直な感想です。なぜ「やっぱり」なのかは記事の中で書きたいと思います。
ところで吉田栄作は現在、内山理名との熱愛の噂がありますが、彼女と結婚(再婚)するのでしょうか?
吉田栄作と平子理沙の離婚理由は?
美男美女と言われたカップルの俳優の吉田栄作(よしだえいさく)と平子理沙(ひらこりさ)が結婚したのは1997年。吉田栄作が28歳、平子理沙が26歳の時でした。
そして2015年の12月に18年間の結婚生活の後、離婚に至りました。
離婚理由について書く前に二人の背景を知っていただくため、二人結婚について、当時のことを思い出しながら書きたいと思います。興味のない方は飛ばして次をお読み下さいませ。
吉田栄作と平子理沙の結婚
二人は3年の交際を経てロサンゼルスで結婚式を挙げました。
吉田栄作のプロフィール 本名:吉田栄作(よしだえいさく) 生年月日: 1969年1月3日 出身地:神奈川県秦野市 血液型:A型 身長:182cm 活動:1988年ー |
吉田栄作と言えば、当時から人気があり、モデル出身ということもあり、高身長でイケメン。加勢大周(かせだいしゅう)・織田裕二(おだゆうじ)とともに3人で「トレンディ御三家」「平成御三家」と呼ばれる存在でした。
平子理沙さんのプロフィール 本名:平子理沙(ひらこりさ) 生年月日: 1971年2月14日 出身地:東京都 血液型:A型 身長:164cm 活動: 1990年ー |
一方、平子理沙ですが、雑誌『JJ』でモデルデビューし、『ViVi』で初表紙を飾ったりするなど、ファッションモデルとして活躍していました。とはいっても、その当時の『JJ』や『ViVi』は、中山美穂や工藤静香、宮沢りえなどの女性芸能人が頻繁に表紙を飾っており、当時彼女は今ひとつパッとした存在ではなかったと筆者は記憶しています。
吉田栄作は留学中に結婚した
1995年に吉田栄作は、一時期芸能活動を休止し役者の勉強のためにアメリカに渡ります。
当時はイケメンの代表格で人気だった彼ですが、実はプライドが高くキレやすいという一面もあったため、テレビ局が使いたくなくなり、仕事が減ったのがその理由の一つだと見る人もいます。
そして留学最中の1997年に平子理沙と結婚します。できちゃった婚ではありませんでした。しかも二人はしばらくの間(といっても一年位ですが)別居婚。
結婚後の1998年に帰国しますが、英語が堪能になって帰ってきたと言われています。
吉田栄作の元嫁の平子理沙はお嬢様
平子理沙の父はアパレル関係の仕事をしていました(2015年6月逝去)。母親はネイルアートを日本に広めたその道の第一人者です。
左は平子理沙の平子禧代子さん
平子理沙は小学校4年生までは成城学園に通い、その後インターナショナルスクールへ転校。15歳で渡米します。
現地の高校ではグウィネス・パルトロウやドリュー・バリモアなどといった、のちのハリウッド女優らも同級生にいたという。
やがてサンタモニカカレッジへ進学、アートを専攻した
ロサンゼルスにある自宅はプール付きの豪邸。
いわゆるお金持ちの「お嬢様」という環境で育った女性です。
一方、吉田栄作は地元神奈川の秦野南が丘高校(現在:秦野総合高校)卒業。県立の高校に通うごくごく一般的な家庭に生まれ育っていることがわかります。
また、彼は
これに対して吉田は渋谷にある500円の牛もつ煮込みが名物の大衆居酒屋の常連。
バブル全盛期のスター俳優だが「意外に質素でストイック」
とは吉田が出演したドラマ関係者からも聞かれた。
といった証言もあるように、庶民的なレベルの生活をしている事がわかります。
「庶民的」であることは悪いことではありません。しかし、平子理沙と育った環境がかなり違うということは想像に難くないでしょう。
育った環境は人間の価値観に影響するため、当時二人が結婚した時、筆者は平子理沙の親がよく結婚を許したな、と思ったものでした。
平子理沙が吉田栄作にかなりべた惚れだったため、彼女の両親も反対できなかったのかなと思います。
吉田栄作と平子理沙の離婚の理由は不倫
さて18年も夫婦であったこの二人が別れてしまった大きな理由は双方の「不倫」にあると言われています。
平子理沙の不倫
相手は俳優の村井克行。「仮面ライダー」シリーズにも出演しています。
村井克行
二人は2008年にファッションブランドを立ち上げます。ビジネスパートナーから男女関係へと発展したと見られています。
二人の目撃情報はそれまでにもあったようですが、2015年には熱海でのデートをフライデーされます。
平子理沙自身もブログで
「またまた温泉に来ました~~」
と当時アップしていたようです。
またフライデーだけではなく、二人が高級和食店で食事をしている目撃情報や画像がネットでも出回ります。
これに対して村井克行は交際報道を否定し、友人関係であるコメントを述べています。
平子とは「1999年ごろ吉田栄作さんを通じて知り合った」という村井は現在、平子の写真集でアートディレクションを務めるなど“仕事のパートナー”だと説明。密会現場とされた平子のマンションについても「仕事の打ち合わせで何度も行っている」とした。
また11月中旬に2人が熱海へ“不倫旅行”に出かけたとされた点は、平子の家族旅行に不参加となった、平子の叔母の“代役”で誘われたと釈明。「ご家族皆さんと仲良く」と家族ぐるみの関係を強調し、今後も「友人として、一緒に働く仲間として、平子さんと会う機会はあります」と友人関係や仕事のパートナーとしての交際継続を宣言した。
吉田栄作の不倫
吉田栄作もまた、モデルの加賀美セイラとの密会現場が報道されます。
この時、嫁だった平子理沙はこの浮気報道に対して
「全然気にしていません」
という気丈な発言をしました。これはもはや吉田栄作に対して興味が無くなったということだったのかもしれません。
吉田栄作と平子理沙の離婚の理由は「子供がいなかった」から?
二人には子供はいませんでした。二人が子供を作らなかった理由は、二人で「子供を持たない選択」をしたためということを平子理沙は語っています。
平子は『平子理沙 risa_hirako Instagram』で
「わたしはネット上で子供嫌いだとか、
子供が出来ないとか、
スタイル維持のため産まないとか、
いろいろ中傷されていますが」と前置きしたうえで、自分達は
「それぞれの仕事、生き方を尊重しリスペクトし合っている夫婦だった」
と述べている。
その上で仕事が好きで辞めたくなかった平子は、
吉田と話し合いお互いに納得した上で、
夫婦だけの生活を続けることを選んだ−と綴っている。子どもが嫌いだとか、
体型を維持したいからという理由ではなく、
あくまでもモデル、ファッションブランドのプロデュース等の仕事に全力投球するため、
母親になる人生を選ばなかったのだ。
子供がいなかったことが離婚の直接の原因にはなっていないということです。
しかし子供がいたら、もしかしたら別の展開になっていたかもしれませんね。「子はかすがい」と言うつもりはありませんが。
吉田栄作と平子理沙の離婚の表向きの理由
2015年の12月に吉田栄作から離婚の発表がされました。
私たち吉田栄作・平子理沙は、このたび離婚することとなりました。昨年末より十分に話し合い、納得した上での結論です。
ここ数年、お互いの仕事や生活環境に変化が起こり、少しずつ生活にズレが生じていると感じておりました。
時間をかけて、共々自分自身の気持ちを確かめ、これを機にそれぞれが目指す道を歩む事に致しました。しかし、これからも近況を話し合ったり、悩み相談をしたりと、友人としての関係は続いていくと思います。
二人とも新たな道を前向きに進んで参りますので、今後とも変わらぬご支援の程、どうぞよろしくお願い申し上げます。
平成27年12月22日
吉田栄作
「生活のズレ」とは価値観のズレとも言えるのではないでしょうか。
育った環境が違えば、価値観も異なってくると思います。違い過ぎる環境に生まれ育った二人には最初からズレがあったのだと思います。
吉田栄作と平子理沙の離婚の理由を分析してみた
子供もいない夫婦が18年間続けるというのは、なかなか難しいことだと思います。お互い打ち込める「仕事」が彼らの子供代わりだったのかもしれません。
しかし実際の「子供」とちがい、「仕事」は二人の共通のものではなく、それぞれのもの。
お互いの仕事をリスペクトし合うことはできても、二人で共通のものを作り上げるプロセスがなくなれば、一緒にいる(結婚している)意味があるのか?という疑問が無意識のうちに湧いてくるものだと思います。
そんなところに離婚の芽があったのかなと筆者は感じました。
不倫が直接の離婚理由ではなくきっかけであって、既に数年前から二人は夫婦として機能していなかったように見えます。
吉田栄作と内山理名との結婚(再婚)はある?
2018年の7月に吉田栄作は、13歳下の女優の内山理名(うちやまりな)との交際が報道されます。
「二人は昨年11月放送のドラマ「今野敏サスペンス 確証~警視庁捜査三課」(TBS)の共演がきっかけで急接近。役者仲間らとグループでの食事などを重ね、今年4月に交際に発展したそうです。
どことなく元嫁さんの平子理沙と雰囲気が似ていると思うのは筆者だけでしょうか?
内山理名は2007年にジャニーズの東山紀之との交際報道がありましたが、東山紀之はその後女優の木村佳乃と結婚。そして2017年昨には一般男性との破局報道もありました。
彼女からすれば、独身となった吉田栄作との交際はもちろん、年齢からいっても結婚に結びつけたいと考えているのかもしれません。
「内山は結婚願望が強く、昨年、一般男性と別れたのは相手が結婚に及び腰だったからです。その後は婚活に励み、親しい人には、これから付き合う人とは早く結婚して、できれば子供も欲しいと話していたそうです」(同・ライター)
吉田栄作も彼女との交際には積極的なようです。
「内山のマンションに泊まった吉田が翌朝、彼女の愛犬のトイプードルを散歩させる様子を女性誌が写真で押さえました。」
なお、芸能界では次のようなジンクスもあるようですね。
「過去の例を振り返ると、女性のペットである犬がなついている相手とはゴールインすることが多いのです」(同・ライター)
現在の状況からは、吉田栄作と内山理名のゴールインは可能性が高いと見られています。
吉田栄作の元嫁の平子理沙が復縁を匂わす?
実は内山理名との噂が出る1年前のインタビューで元嫁の平子理沙が出演した日本テレビ系「ヒルナンデス!」でハイヒール・モモコとのトークでこんなことを答えていました。
「絶対、別れん方が良かった。別れへん方が一応毎月お金もらえるやん」と言われた平子は、
「また(元夫のもとに)戻りたい時に戻ればいいかな」と話し、モモコから「戻って戻って」と勧められ、笑って受け流した。
もし嫌いで別れたり、絶対戻りたくないと思えば、こんな答えはしませんよね。
(女性は離婚すると男性と比べると、未練をきっぱり断てる人が多いと筆者は思います。)
「復縁したい!!」という今すぐの熱望ではなく、「復縁してもいいっかな?」というようなニュアンスにも受け取れます。
この発言からは1年たっているので、また平子理沙の心境は変わっているかもしれません。
いざ内山理名と元旦那の吉田栄作が結婚することになったら、二人を祝福することはあっても、後悔して復縁をせまって二人の邪魔をするような女性ではないことを信じています。
2018年末に離婚したケミストリーの堂珍はまた違った離婚理由のようですね。