戦慄かなの、少年院上がりの壮絶な人生とプロフィールをまとめてみました

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戦慄かなの(せんりつかなの)という地下アイドルをご存知ですか?アイドルなのに「戦慄」なんて過激な名前ですね!

彼女はネグレクト家庭に育ちます。そして少年院を経験しています。いったいなぜ少年院に行ってしまったのでしょう?実は、彼女には壮絶な人生がありました。

今回は彼女のことについて調べてみました。また、彼女を救ったのは誰なのか?なぜ這い上がってこれたのか等についてもまとめたいと思います。


戦慄かなののプロフィール

戦慄かなのは現在(2019年2月時点)「ZOCと」「femme fatale」いうグループに所属しているアイドルです。

芸能界入のきっかけとなったのは、2017年2月9日にデビューした個性派ユニットグループの『のーぷらん』への参加ですが、わずか3ヶ月後には(5月7日のミニワンマンライブをもって)卒業してしまいます。

アイドルというとなんだか華やかな世界を思い浮かべてしまいますが、幼少期の彼女は壮絶な人生を歩んでいました。

 

戦慄かなのはネグレクト家庭に育つ

彼女は1998年9月8日に大阪で生まれます。

幼い頃、彼女の両親はお金がらみのことでケンカが絶えず、母親が父親に暴力を振るうといったDV状態だったと言います。父親ではなく、母親が暴力を振るうというのは驚きですね!

お父さん、いつも血まみれで壊れた椅子とかをガムテープで補強しているところを寝ながら見ていた。

そして彼女が6歳の時に、両親が離婚します。

両親の離婚を機に、彼女は大阪から東京へ移り、母親と2才年下の妹と3人で暮らすようになります。

 

戦慄かなのは母親に虐待される

ところが、今度は彼女が母親から虐待を受けるようになります。例えば小学校3年生の時には、

暴力とかも電子レンジを投げられて左手の薬指を骨折したり。

電子レンジ投げるってすごくないですか?(・o・)… しかも母親(女性)!

しかし母親に殴られても、彼女は母親のことが大好きだったと言います。

感情の浮き沈みが激しい母親の矛先は幼い姉妹へと向かった。少しでも気に食わないことがあると殴られた。彼氏と海外旅行へ突然行き、1週間帰ってこなかったこともある最後の数日は冷蔵庫の食べ物も尽き、水を飲んで空腹をしのいだ。

虐待だけではなく、この母親は育児放棄(ネグレクト)でもあったのです。

彼女は中学2年生の時には自殺を図ろうとしたこともありました。

 

戦慄かなのは非行に走り、万引きに手を染める

そんな彼女は、次第に非行に走るようになります。

10代前半から万引、窃盗グループのパシリ、詐欺の手伝い…当時は全く悪いことをしている意識がなくて、とにかく稼ぎたいという感覚になっていたんだと思います

当時、窃盗団のコミュニティーのようなものがあり、お金を稼がなくてはいけなかったためアルバイトの感覚でやっていたと言います。

高校に入学後は、彼女は何度も警察の世話になるようになります。

 

戦慄かなのはJKビジネスに手を染めて少年院送りになった

そんな彼女が高校入学後、「JKビジネス」に手を染めるのは自然な流れだったのでしょう。

「JKビジネス」とは、女子高校生(JK)が男性に密着したサービスを行うことですが、彼女がやったのは使用済み下着の販売。

女子高校生を集め、ダイソーなどのような百均に行って下着を買い、それをスカウトした女子高校生に履かせ、それを男性に売るというビジネスです。彼女はビジネスの運営側に回っていたのです。

このことが原因で彼女は逮捕され、中等少年院に入ることになります。彼女が16歳の時でした。

 

戦慄かなのは少年院で反抗した

少年院に送られてから彼女は更に荒れたと言います。

課題を破いてトイレに流して詰まらせ、監視カメラにサンダルを投げつけ、レンズに向かって中指を突き立てた。

なんとも、すさまじい限りですが、少年院の教官がまるで自分を幼稚園児のように扱うことにイラ立ったのだそうです。

少年院の中で反抗したせいで、10か月で退院できるのところを2年も入院することになりました。

 

戦慄かなのは少年院で更生した

反抗を続ける中、50代のベテランの女性教官が彼女の担当になることになりました。その女性教官は、戦慄かなのが、どれだけ反抗的な態度を見せても、一対一で向き合うとしたそうです。

「個別面接中に言い争いになったり、反抗的な態度を取ったりすると、すぐに非常ボタンを押して他の先生たちを呼ぶ教官が多い中、その先生は絶対にひとりで私と向き合ってくれた。暴言を吐こうがイスを蹴ろうがボタンを押さなかった。一度だけ、私がコップを投げつけた時に、先生が座っていたイスを両手で持ち上げた時は“やられる!”とビビったけど、彼女はそのままイスを下ろして、座り直して普通に話を続けたんです。『教師がそんなことしていいのかよ!』って思ったけれど同時に『この人ただものじゃないな』と」

この女性教官のおかげで、彼女の気持ちは次第に変わって行きました。

 

戦慄かなのは少年院で猛勉強し、資格も取った

彼女は少年院の中で猛勉強をするようになりました。

「スマホもないしテレビも自由に見られない中で、勉強と読書だけが楽しみでした。本は小説から心理学の本まで、置いてあるものなら何でも読みました。本当は1週間に3冊までしか借りられないんですが、あまりに夢中だったので上限なく貸してもらえるように。1日3冊のペースで読んで、ノートに感想をつけて…少年院にいる2年で3000冊近く読んでいました。印象深いのは、東大出身の加藤諦三さんが書いた『自分に気づく心理学』です。退院後にすぐ買って、今でも何度も読み返しています」

そして少年院入院中に「危険物取扱者」、「そろばん検定」、「ワープロ検定」の資格も取得しました。更には高卒認定試験にも合格しました。

「数学が全然ダメだったけど、猛勉強をして2度目の挑戦で合格しました。少年院では自分が勉強したいと思ったから、気持ちのノリ方が違った。暗記が得意で、英単語や漢字は見るだけで覚えられるとわかったのも、少年院での勉強がきっかけ。空き時間があれば机に向かって、トータルで1日5時間ほど勉強していました

すごい変わりようですね!

この女性教官との出会いが彼女を変えたのでしょうね。

そして2016年5月に彼女は少年院を退院します。

しかし最後まで反抗的で、退院後もこの女性教官に感謝の言葉を伝えられていないと彼女はインタビューに答えています。

 

戦慄かなの本名は?

残念ながら彼女の本名は分かりません。

なお、芸名を「戦慄かなの」にした理由については、

あまり深く考えていなくて、ヤバいやつ、ぐらいの感覚で選びました。
響きが面白いし、戦慄っていう苗字はほかにいないし。
でも、よく考えたら、戦慄ってホラー映画とかお化け屋敷とかにしか、使われないですよね。
ちょっとしくったかもしれない

と語っています。

 

戦慄かなの大学はどこ?早稲田?

少年院から退院をした後、彼女は『のーぷらん』に参加しますが、大学受験のためにグループを卒業します。

そして、2018年の4月には大学(一般入試にて)に合格して、現在は大学生です。 (有名私立大学に通っていると言われています。)

「ミスiD」の最終審査の後、
受験勉強に専念した戦慄さんは、
見事に誰もがその名を知る有名私立大学に合格

早稲田大学ではないか?と言われていますが、あくまでも「噂」です。

なお通っている学部は「法学部」です。法学部を選んだ理由については、

少年院で芽生えた夢の1つが、法律の勉強をすることでした。法務教官だった恩師の影響もあるし、虐待経験のある子供たちを支援するためにも、法律の知識が必要だと思っています

と、語っています。

 

戦慄かなの身長は?

彼女の身長は154センチ。小柄ですね。

体重は公表されていませんが、スリーサイズについて「82 – 60 – 83 」という情報があります。

 

戦慄かなのはNPO法人を立ち上げた

大学に入学して彼女は、育児放棄や児童虐待された子供たちをサポートするNPO法人「bae(ベイ)」を立ち上げました。

昔の私と同じ思いをしている子供たちの力になりたいんです。虐待されている子は自分から助けを求めることが難しいので、周りの大人が気づいて手を差し伸べることが大切です。少年院に入っていた子たちのサポートもしていきたい。少年院送りになる子は、家庭関係に問題のあるケースがほとんどで、少年院で初めて自分を理解してくれる大人と出会って変わったものの、退院後に社会になじめず、表社会からドロップアウトすることが多い。そうした人たちの支援もやっていきたいです

まさに自分が経験してきたことですね。そして見事に彼女は「立ち直った」と言えるでしょう。

 

戦慄かなのの妹は頓痴気さきな

戦慄かなのには妹がいます。名前は「頓痴気(とんちきさきな)」。勿論これも本名ではありません。

ちなみに現在活動している『femme fatale』はこの二人の姉妹のグループです。

とても仲良しな姉妹ですが、頓痴気さきなは姉と違って、おおらかな性格のようです。

「姉(戦慄かなの)は考え方がネガティブで色んなものに気が回っている、私(頓知気さきな)は楽観的で母が帰ってこないことは全然ショックでは無かった。」

「頓痴気」とは、まぬけで、ぼーっとしていて役に立たない様子のことを言いますね。

頓痴気さきながまぬけだという意味ではありませんが、姉である戦慄かなののように、感受性が豊かで傷つきやすいのとは対照的な性格なのかもしれませんね。

だからこそ、戦慄かなのにとっては救いであり、妹が癒やしてくれる存在でもあるのではないでしょうか。

(機会があったら、妹の頓痴気さきなのことについてまとめてみたいと思います。)

 

壮絶な人生というと、森重樹一を思い出します。

「森重樹一は病気だった?アルコール依存症でどうやって禁酒した?」

 


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