小林捻侍の現在は?若い頃はどんなだった?(画像あり)病気や死亡説が出た理由

俳優

様々な人気ドラマや映画に引っ張りだこだった小林捻侍ですが、ある時を境にあまり姿を見せなくなりました。

そこから死亡説や重病説が飛び交ったのですが、実際のところはどうなのでしょうか。
また、若かりし頃の画像と共に、若いころを振り返ってみたいと思います。早速見ていきましょう。

小林捻侍の現在(死亡説や病気の噂)

小林捻侍は、様々な人気ドラマや映画に出演する人気俳優として知られていますが、2010年頃に彼の死亡説が取り沙汰されました。

「小林捻侍は重い病気を患っていて余命宣告をされている」
「既に死亡している」

など、ネットで噂されたのです。

しかし、死亡説が出ている最中にも、コンスタントに映画やドラマには出演していました。それにも関わらず、彼の死亡説は消えることはありませんでした。

そんな中、2019年7月26日に小林捻侍は『ダウンダウンなう(フジテレビ系)』に出演をしました。

そのことから、「小林捻侍が生きていた!」、「小林捻侍、病気じゃなかったの?」などというコメントがSNS上に殺到し、彼の死亡説や重病説は、約9年の時を経て終息に向かうものかと思われます。

小林稔侍の死亡や重病説の噂が出た理由

では、なぜ死亡説や重病説が出てしまったのでしょうか。

死亡説が出ていた背景には、テレビ出演の頻度が減ったことが挙げられます。

たしかにテレビドラマに限っていえば、2000年以降は1990年代よりも出演は減っています。しかし、死亡説が流れたあとも、シリーズものへの出演は定期的に行っているのです。それ故、「小林捻侍の存在感の消し方がすごい」などとも称賛されているのです。

また、小林捻侍が病気を患っているとネットで話題になっていましたが、実は、俳優の小林薫が激やせしたことがきっかけとなり、同じ小林繋がりで小林捻侍が年齢的にも病気を患っていて激やせしたと勘違いされたことが病気説の理由です。

この間違いは、世間的に小林捻侍と小林薫が兄弟と勘違いされていることにあるのですが、この2人は全くの赤の他人です。また、小林薫が病気を患っているという公表はありませんので、この2人が病気という噂は事実無根です。

小林薫が激痩せしたと騒がれていますが、役作りで痩せた可能性もありますし、加齢によって食欲が落ちたという可能性もあります。どちらにせよ、小林捻侍も小林薫も、病気は患っていないということです。

とはいえ、小林捻侍はもう高齢ですし、以前のように頻繁にテレビ出演はおそらくしないでしょう。また、年齢的にも病気があってもおかしくはありません。

しかし、現在病気は患っていないようですし、今後も定期的に活躍はしてくれるのではないでしょうか。

小林捻侍のプロフィール

小林捻侍の本名は、小林捻侍(こばやし としじ)です。

「捻侍」を「としじ」と読むのは難しいので、芸名として「ねんじ」にしました。
所属事務所は、鈍牛倶楽部です。同事務所の主な所属俳優は、オダギリジョー、光石研、田中哲司、西田尚美です。

小林捻侍は、和歌山県伊都郡かつらぎ町の出身で、猛勉強の末、国立・和歌山大学教育学部附属中学校に入学し、片道1時間かけて毎日通学していました。

この頃から高倉健のファンになり、将来的には映画に出演したいという夢を持つようになります。

時は経ち、和歌山県立笠田高等学校3年生の時、第10期東映ニューフェイスの試験があるという情報を聞きつけた小林捻侍でしたが、奇しくも大学の受験日と重なってしまったのです。

どうしようか悩んだ挙句、「大学受験に行く」と親に嘘を付き、高校の学生服のまま第10期東映ニューフェイスの試験に挑み、見事合格を果たしたのです。

この「東映ニューフェイス」とは、映画会社の東映が、1950年代~1960年代にかけて、新たな俳優を発掘するために開催していたオーディションのことです。

東映ニューフェイスのオーディションを受けて合格した主な俳優は高倉健、千葉真一、里見浩太朗、梅宮辰夫など、未だに現役で活躍されている方ばかりです。それほど、すごいオーディションだったということが分かりますね。

話は戻り、小林捻侍が東映ニューフェイスの試験を受けた理由は、憧れでもあった高倉健と同じ舞台で演技をしたいというのはもちろん、「親に家を建ててやりたい」という気持ちが非常に強かったからです。

結果として、親に家を建ててあげられたのかは定かではありませんが、テレビでの活躍を見る限り、都内一等地に豪邸を建てられる程のお金は稼いでいるようにも見えるので、夢の実現は果たせたのではないかと思います。

ちなみに、中学時代に憧れていた高倉健とは、東映に入所以来の恩人であり、小林捻侍が家を建てたときや結婚した際に、保証人になってもらったという過去があります。

なんでも、小林捻侍が妻と結婚する際、妻の両親から猛反対を受けたのだとか。それを高倉健に相談したところ、高倉健が保証人になるという有難い言葉を頂いたのです。そのことを妻の両親に伝え、見事結婚することが出来ました。

小林捻侍と高倉健のエピソードはこれだけには留まりません。

高倉健が、「結婚祝いにマンションを買え」と言って、現在の価値で1億円にも当たる500万円を小林捻侍に手渡したのだとか。これには、小林捻侍はただただ頭を下げることしかできなかったということです。

このような恩義があったので、小林捻侍に待望の長男が誕生した際には、高倉健と同じ「健」という名前を付けたり、高倉健のためならば腎臓をひとつ提供しても構わないと公言するほど、恩を感じています。

1999年に公開された映画『鉄道員(ぽっぽや)』では、小林捻侍と高倉健が共演し、抱きしめあうというシーンがあったのですが、とある映画評論家が

「あれはホモじゃなきゃできない」

と発言したことがきっかけで、女性週刊誌に

「高倉健と小林捻侍はホモ」

とまで記事にされてしまったのです。

それだけ、小林捻侍が高倉健に恩義を感じており、高倉健も小林捻侍に対して弟子のような兄弟のような感情を抱いているということです。

 

小林捻侍の年齢は?

小林捻侍は、1941年2月7日生まれ、現在(2019年)78歳です。

同世代で活躍している俳優は、女優・三田佳子、アニメ作家・宮崎駿、アナウンサー・徳光和夫、歌手・伊藤エミ、タレント・萩本欽一、俳優・橋爪功など層々たるメンバーです。

皆さんまだまだ現役で活躍されていることから、小林捻侍も若い頃のようなハードスケジュールは無理かもしれませんが、今後もテレビ出演で拝見できる日が訪れるのではないでしょうか。

 

小林捻侍の身長と体重

小林捻侍の身長は、180cmです。

78歳という高齢にも関わらず、180cmです。若かりし頃はさぞかしモテたのではないでしょうか。70代男性の平均身長は162.5cmですから、小林捻侍の身長は平均を遥かに上回っているということになります。

体重は、78kgです。
70代男性の平均体重は61.7kgですので、平均よりは太めな印象を受けますが、それだけ身長が高いですから許容範囲内でしょう。

BMIを計算してみたところ、24.07で普通体型の部類に属するようですね!

 

小林捻侍の若い頃

小林捻侍が若い頃は、主に悪役を演じており脇役メインの俳優でした。

それゆえ、「学生時代はヤンキー説」が度々浮上しましたが、そのような事実はありません。

しかし、45歳のときに転機が訪れます。
NHK連続テレビ小説『はね駒(はねこんま)』主人公の父親役を演じたのです。
これがはまり役となり、以降は父親役や情に厚い優しい上司の役を演じるようになったのです。

1963年に芸能界デビューして27年が経った1990年、『なんでも屋探偵帳』というドラマで小林捻侍はついに初めての主役という座を手にします。

ここから小林捻侍の時代が到来するのです。数々の有名作品に主演で登場するようになりました。
このことがきっかけで、お茶の間に名が知られるようになり、いまや大物俳優のひとりとして活躍中です。

小林捻侍の若い頃の画像

では、小林捻侍の若かりし頃の画像を見ていきましょう。

こちらは、1967年『キャプテンウルトラ』というアニメで、悪役「キケロのジョー」を演じているところです。現在の姿からはまったく想像が付きませんが、若かりし頃は特撮にも出演していたのですね。実は、このキャラクターは非常に人気があり、この役の収入だけでスポーツカーが買えたのだとか。

こちらの画像は、ヤンキーと言われていた時代のものです。髪型は隠れていますが、リーゼント風になっているのが分かります。

学生時代の小林捻侍の素行が悪かったなどの噂はネットにありませんでしたので、先ほどもお話した通り、若い頃に彼が演じていたキャラクターがヤンキー役ばかりだった為、「小林捻侍はヤンキーだった」と言われているのでしょう。

2つの画像を載せてみましたが、どちらもパッと見は小林捻侍を想像できません。しかしずっと見ていると、やはり面影があるような気もします。

まとめ

とても柔らかい雰囲気が印象的な小林捻侍ですが、若い頃は全く雰囲気が今とは別なので驚きました。
また故高倉健とのエピソードがとても印象的です。(高倉健もさすが!という感じではありますが、昔の恩義を今も忘れない小林捻侍も立派です。)

死亡説や病気説があったのですね。しかし、どれも事実無根ですので安心してください。

 


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