マーティ・フリードマンの身長は?「メガデス」の頃から日本語を勉強しバンドをやめて日本へ!

ミュージシャン

今日はアメリカ人ギタリストで、日本に拠点を起き、日本の芸能界で活躍中「マーティ・フリードマン」についてまとめてみたいと思います。

日本語がペラペラで、日本の芸能界にすっかり馴染んでいる彼のことについてはずっと興味がありました。

マーティ・フリードマンの身長はどれくらい?

マーティ・フリードマンの身長は168センチです。

あれ・・・?意外と低いですね。

もうちょっと大きいのではないかと思っていました。

欧米人だから日本人より背が高いと思っていたので、かなり意外でした。

 マーティ・フリードマン

名前: Martin Adam Friedman
出身: メリーランド州(アメリカ合衆国)
生年月日:1962年12月8日

 

ちなみに、アメリカ人の白人の成人男子の身長の平均は、178.2センチです。

アメリカ人の平均身長から比べると、彼の身長は10センチ低いということになりますね。また、日本人の成人男性の平均身長(約171センチ)と比べても3センチほど低いことになります。

ところで、こちらの画像は、「ラウドネス」のギタリストの高崎晃(左)とマーティ・フリードマンです。

高崎晃の身長は、こちらの「ラウドネスのメンバーの身長」で書いたように170センチです。

二人の身長差は2センチ。高崎晃の方が2センチ高いはず。しかしマーティの方がなんだか高く見えますね。

(もしかしたら、マーティがヒールのある靴を履いているのかもしれませんね。)

こちらは、右側がミュージシャンの鮎川誠(あゆかわまこと)とマーティです。

鮎川誠は180センチと日本人の中では身長が高い方です。

二人の立ち位置が若干ずれていますが、二人の身長差12センチというのは、この画像からは妥当に見えます。

 

マーティ・フリードマンの体重は?

ところで、彼の体重はどれくらいあるのでしょうか?

残念ながらハッキリしたことはわかりませんでしたが、彼の体型を見ると、中肉中背かな?という印象ですね。やや痩せ型にも見えるのですが、腕にはしっかり筋肉がついています。

BMI的にはおそらく普通体重ではないでしょうか。

 

マーティ・フリードマンはバンド「メガデス」のメンバーだった

ところで、マーティ・フリードマンは、世界的にも有名なスラッシュメタルのバンド「メガデス」のメンバーだったことはご存知でしょうか?


バンド「メガデス」

メガデス(Megadeth)は、アメリカ合衆国出身のヘヴィメタル・バンド。

同時期にデビューした「メタリカ」「スレイヤー」アンスラックス」と並び、スラッシュメタル”BIG4″と形容された一角に君臨。テクニカルな曲構成を展開し、同ジャンルの発展に大きく貢献した。2017年度『グラミー賞』受賞。

 


メガデスで活躍をしていた頃のマーティ・フリードマン

1990年にマーティはこのバンドに加入。そこでリードギターとしてギターをプレイするようになります。

余談ですが、彼がギターを始めたのは14歳から。(もっと早い時期から始めていたのかと思っていたので意外でした。)

 

マーティ・フリードマンがバンド「メガデス」を辞めた理由


メガデス(一番右側がマーティ)

では、マーティ・フリードマンはどうしてその世界的に有名なバンドを辞めることになってしまったのでしょうか。

 

まず大きな原因は「音楽性の違い」。

彼が「メガデス」を辞めた大きな要因となっているのは、ギターソロの差し替えだったと言われています。

 

マーティが収録していたソロをプロデューサーが没にし、代わりにデイヴがソロを収録した。自分のソロが没になったこと自体をマーティ自身は完成寸前まで知らされておらず、仕上がった曲を聴いて愕然とした。

 

バンドもビジネスですから、プロデューサーのしたことは必ずしも間違ったこととは言えないでしょう。しかしこのことに対して彼は、

「ヘヴィメタルの代表としてメガデスという怖い名前があるのに、何故そんな妥協をしなくちゃならない? とずっと主張し続けてたんだけど受け入れられなかった。だから辞めた」

とも述べています。


「BLADELINE」

(ちなみにこのソロが差し替えられた曲は1999年に発売されたアルバム『RISK』の中に収録されている「BREADLINE」です。)

またマーティは、

「ポップスならポップスのアルバム、ヘヴィメタルなら信じられないくらいヘヴィなアルバムを作りたい。中途半端なのは一番嫌だ

ということも言っています。

 

これはマーティの側から見たものですが、実はこれとは全く反対の見方もあります。

徐々にポップな方向性に彼が持っていったのがデイヴ・ムステインとの確執を生んだ原因だと思われます。

という説もあるのです。


デイヴ・ムスティン

デイヴ・ムスティンというのは、「メガデス」のボーカル兼ギター。メガデスの主宰者でもあります。彼は、

「マーティはメガデスを日本のバンドのB’zみたいにしたがっていたんだよ」と述べ、原因はマーティにあるとしていた(ただし後のインタビューでは、自分にも落ち度があったと述べている)。

 

実は音楽的嗜好が変わっていったのはマーティの方で、この頃から日本の演歌やJ-POPなどを好むようになったマーティが、メガデスのサウンドにそれらを取り入れたかったのかもしれません。そして、

 

「スラッシュ・メタル、へヴィ・メタルといった音楽、死がどうした破滅がどうしたといった歌詞の楽曲を延々と演奏する事に嫌気が差したとも、当時のインタビューで語っていた。」

このような心境のマーティの変化も彼の中にあり、「メガデス」を辞めてしまったのだと思われます。

 

マーティ・フリードマンはバンド「メガデス」を辞める前から日本語を猛勉強

実は彼は「メガデス」在籍時代から日本語を勉強し始めていました。

「日本語を学ぼうと思ったのは、日本の音楽が好きだったからです。ハワイのラジオに流れる演歌やJ‐POPとの間には何か縁がある、と感じたのがすべての始まりでした」

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ところで話は前後しますが、彼は幼少の頃父の仕事(国家安全保障局勤務)で、9歳から11歳までドイツに、その後はハワイに住んでいました。そのハワイに住んでいた頃に、

日系人用の日本語のラジオ局から流れてきたのが演歌だったんです。ボーカルの歌い方がすごく興味深かった。何を歌っているかわからないけど、音だけで情熱的な感情が伝わってきたんです。

ハワイにいた時は時間がたくさんありましたから、演歌を分析してギターをかなり弾きこんでいましたね。


マーティがハワイ時代に聞いて日本の音楽に興味を持つようになったきっかけの「津軽海峡冬景色」

つまり、日本語を勉強し始めるようになったのはこういった背景があったからこそ。

 

マーティ・フリードマンは日本語弁論大会では第2位

彼は通信教育で日本語学び始め、「メガデス」のツァーの移動中にも日本語の勉強時間に当てていたそうです。

そしてついにはアリゾナ州立大学の日本語弁論大会で第2位を取るまでに上達します。

ちなみに、この弁論大会で選んだテーマは『国際結婚』について。

 

テーマは国際結婚についてなんですけど、日本語の弁論大会って、みんなつまらないテーマを掲げるじゃないですか。日本のアニメや漫画、クールジャパン文化などなど。僕はまったく興味がなかった。

でもせっかく日本語を勉強できる機会だし、大学で学生の前で話すんだったら深い話をしようと思ったんですね。

アイルランド人と中国人、アメリカ人と日本人が結婚したりするじゃないですか。違うバックグラウンドで育ってきているのにすごいことだよね。(中略)人種としてのアイデンティティは失われるかもしれないけど、差別がなくなることで争いがなくなるかもしれない。どちらがいいか、観客に問題提起したかったんです。

 

ギターやロック、音楽のことだけではなく、マーティは社会や国際的なことにも目を向けている人なのだということが分かります。

 

マーティ・フリードマンは「メガデス」を辞めて日本に移住

マーティが「メガデス」を辞めたのは2000年。日本に住むためにやってきたのはその4年後の2004年です。

日本に来た理由を彼はこのように語っています。

日本の音楽が好きすぎて、もう日本の音楽シーンに入るしかないと思ったんです。

 

マーティは「メガデス」のツァーで日本にも来たことがあり、その時に、ZARDB’zモーニング娘。の曲を聞いてJ-POPにハマったようで、それ以来、日本でアーティストになってJ-POPを演奏したいと切望するようになりました。

 

アメリカにいてもずっと日本の音楽しか聴いていなかったんですよ。僕はミュージシャンですから、好きな音楽がたっぷりある国にいなきゃバカだと思いました。迷っている場合じゃないと。

この彼の答えは日本人としては嬉しい限りですが、実は、彼が2004年に日本に来た時に、仕事なのアテはありませんでした。

 

ゼロからのスタート

仕事も何も決まっていない状態で来日した彼には、日本での保証人もいなかったため、部屋を借りることもできず、数ヶ月間は6畳のウィークリーマンションに住まざるをえませんでした。

あれだけ世界的に有名な「メガデス」の元ギタリストであっても、すぐに日本の芸能界で仕事がゲットできるわけではないのですね。

とはいえ、やはり1年たつかたたないうちに彼はもう日本の歌謡界での仕事をゲットしました!

 

知り合いから相川さんを紹介されて、意気投合したんです。その時は一切音楽の話はしませんでしたが、次の日に彼女のマネージャーから連絡があり、「バンドに入ってください」と言われて、「やったー!」と。邦楽の仕事ができるのがすごくうれしかった。邦楽に足を踏み入れられたのはそれがきっかけでしたね。

同じくロックミュージシャンの相川七瀬(あいかわななせ)のバックバンドのギタリストとして参加し、これが彼にとっての日本での活動のスタートとなりました。

そして、来日して年の翌年の2005年にはX JAPANのPATAやLUNA SEAの真矢といっしょに、相川七瀬のコンサートツアーに参加をしました。

またこの年の年末には鈴木亜美のバッグバンドとして「紅白歌合戦」への出場も果たします。

 

そして彼はこの頃からテレビにも顔を出すようになります。

2005年からテレビ東京で放送されたロックバラエティー番組「ヘビメタさん」にメインのレギュラーとして出演。

2006年4月から2007年の3月までテレビ東京系の番組『ROCK FUJIYAMA』にもレギュラー出演。

その後は日本テレビの『歌スタ!!』に「ウタイビトハンター」として出演するようになり、日本のお茶の間にもどんどん顔が知られ、マーティ・フリードマンの知名度が上がって行きます。

 

マーティ・フリードマンは日本語にまだまだ満足していない

そして現在。彼はミュージシャンとして、アーティスト活動だけではなく、本を出版したり映画に出たり、また評論家としても大忙し。マルチタレントして日本の芸能界で大活躍中です。

 

日本語も上手に操り羨ましい限りなのですが、それでも彼はまだまだ満足していないようで、

でも正直に言うと、僕自身はそれほど日本語が上手だと思ってないんです。お笑い芸人のパックンさん(パトリック・ハーラン)や厚切りジェイソンさんくらい上手くなりたいんですけど……彼らには敵わない!

と答えています。プロ根性、おみごとです!

 

マーティとは逆に、「英国」に移り住み活躍をしている布袋寅泰のことについてまとめました。
よかったらどうぞお読み下さい♪

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